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vol.10 杏仁(キョウニン)とアンズ
2017年3月29日

 如月(きさらぎ)から卯月(うづき)への移り変わりは、一・紅梅、二・椿(つばき)、三・白梅、四・桃、五・杏(あんず)の花、そして桜と変わり、日々目にする花色に心躍る時です。

 私の花暦で5番目の「杏」は、万葉集に唐桃(カラモモ)として記載されています。薬用として渡来したバラ科の落葉樹で、熟した果実を土に埋めて、果肉を取り内果皮を割って種子を取り出し、生薬「杏仁」と名づけて漢方薬として用いました。現在、日本薬局方では杏仁の基原植物は、ホンアンズまたはアンズの種子としています。

 漢方の薬能(薬効)を記した成書「重校薬徴(じゅうこうやくちょう)」には「胸間の停水を主治す、故に能く喘を治し」とあり、咳(せき)症状を伴うときに使用する、例えば麻黄湯(まおうとう)〔麻黄、桂枝=けいし、甘草=かんぞう、杏仁〕の構成生薬です。その他、麻杏甘石湯(まきょうかんせきとう)、清肺湯(せいはいとう)、五虎湯(ごことう)などにも配剤されます。漢方といえば、比較的長期に服用するものと思われがちですが、咳には短期の服用で十分な効果が得られる場合もあります。症状に応じて適切な服用期間、使い分けすることが大事です。

 もう一つの古典書「薬性提要(やくしょうていよう)」には「辛苦甘温、気を下し」と記されていて、実際、薬用の杏仁の刻みを嚙(か)むと、はじめ苦味が先に立ち、のち独特の芳香(アミグダリンが口中で分解されてかわるベンズアルデヒドの香り)をわずかに感じます。

 私にとって杏の花色は、ことに目に鮮やかで、春告花のもとで歌を詠んだ西行の心境とまではいかなくても、年を重ねるごと、共に眺めた人達への思いが深まります。

(笹川 悦子/笹川薬局社長/薬剤師)

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