コロナ禍にあっても着実に進歩し、希望の光を届けてくれるがん治療。近年、急速に臨床での実用化が進む「がんゲノム医療」、コロナ禍におけるがん治療やワクチン接種への理解を深めてもらうため、市民公開講座「がん治療最前線―コロナ禍を乗り越えて―」が2月28日、オンラインで行われた。ポストコロナを見据えたがん治療について専門医が語り合い、ライブ配信された内容を紹介する。

第1部講演「がんゲノム医療」

腫瘍から血液へ 検査移行に尽力

舛石 俊樹

愛知県がんセンター 薬物療法部医長 WJOGバスケット試験ワーキンググループ長

遺伝子異常や治療薬を調べる医療

  • 舛石氏

 正常な細胞とがん細胞は細胞が増える仕組みが異なります。細胞の増殖には様々な物質が関わっていますが、正常な細胞は増殖の指令と増殖を抑える指令のバランスがとれています。一方、がん細胞はその指令のバランスがとれないため、どんどん細胞分裂を繰り返して増殖していきます。この指令の伝達を司(つかさど)る物質である、タンパク質に異常が起きることが「がん化」のキーとなります。タンパク質に異常が起こるメカニズムには遺伝子を持つ物質であるDNAが深く関わっています。DNAに傷がつくとタンパク質を構成するアミノ酸に異常が起こるのです。がん化に関与するがん関連遺伝子には、がん遺伝子とがん抑制遺伝子があり、どちらの遺伝子に傷がついてもがん化する可能性があることがわかっています。どの関連遺伝子に傷がついているか(遺伝子異常)を調べることが「がんゲノム医療」なのです。遺伝子(gene)が集まる(-ome)とゲノム(genome)となります。要するに遺伝子という情報の集まりがゲノムです。がんゲノム医療では、どの遺伝子に傷がついているかを調べることで、どのタンパク質が暴走しているのかがわかり、さらにその暴走しているタンパク質を抑える治療薬がないかを調べます。適した薬があれば異常な指令を止めてがん細胞の増殖を抑え、がんが小さくなる効果が期待できます。

治験の充実が治療対象者の拡大に

 次に検査方法と治療薬について説明します。遺伝子異常を調べる方法は「がん遺伝子パネル検査」といいます。2019年6月に保険適用となった検査です。対象は標準治療のない固形がん患者さん、または標準治療が終了となった固形がん患者さん(終了が見込まれる人も含む)です。遺伝子異常をターゲットにした薬剤は複数承認されています。がんゲノム医療における大きな特長は、がん種が異なっても同じ遺伝子異常であれば同一の薬剤で治療効果が出る可能性があることです。実際に、肺がんや大腸がんなど、血液がん以外の固形がんすべてにおいて承認されている治療薬があります。しかし、がん遺伝子パネル検査を経て、遺伝子異常に対応した治療を受けられる患者さんは決して多くないのが現状です。治療を受けられる患者さんの数をもっと増やすには治験を充実させることが必要です。そのため、私たちがん専門医が製薬企業に働きかけ、遺伝子の変化ごとに治療薬を開発するバスケット試験を提案することが重要であると考えます。WJOGでは幅広いがん種の診療を行っている医師が参加してバスケット試験ワーキンググループを発足させ、他科から治験候補症例を紹介してもらう体制を確立しています。

血液検査への移行を目指して

 がんゲノム医療の今後の展開として、がん遺伝子パネル検査において、従来の腫瘍検体による検査から血液検体を使用した検査に移行することを目指しています。血液検査は患者さんの体への負担が小さく、腫瘍の全体像をとらえられる、結果が出るまでの時間も短いという利点があります。ただし、加齢の影響が出やすいという面もあります。それをクリアするのが今後の課題であると考え、今後も研究活動を継続してまいります。

WJOG活動紹介

より良いがん治療のために

澤 祥幸

岐阜市民病院 診療局長(がんセンター) WJOG理事・教育広報委員長

  • 澤氏

 私たちはがん専門医の研究集団です。より良い治療を提供したい、その思いで1991年、肺がんの臨床研究グループとして発足しました。以降、消化器がんや乳がんの研究も始め、2015年には認定NPO法人として厚生労働省の補助を受けながら活動を続けています。近年特に力を入れているのが、医師主導臨床試験の実施です。患者さんにとって真に効果のあるがんの治療法を開発しているところです。

 がん治療の歴史を振り返ると、この20年で大きく進歩し、生存率が大幅に向上しました。背景には医学研究に資源が投入されて製薬企業も新薬を開発、有効な新薬が毎年発売されていることが挙げられます。実際、多くのがん種で薬剤貢献度、治療満足度ともに飛躍的に向上していることが実証されています。

 一方で課題もあります。単一の薬剤で治癒に結びつくことは難しく、手術や放射線治療、抗がん剤同士を組み合わせることでより高い効果が期待できます。しかし、それらすべてを「治験」として製薬企業が実施できず、中立的な立場の医師主導試験が必要となるのです。近年は新たな治療としてゲノム医療に関する研究にも取り組んでいます。今後、より良いがんの治療法を提供するにはこれらの臨床試験や研究を続けることが不可欠です。WJOGは企業の利害から独立した研究を重視しているため、企業以外の資金調達が必要となります。私たちは世界各国の肺がん患者支援団体と協力し、がん患者支援を進めてまいります。どうか皆さま方に私たちの活動を理解していただき、ご支援くださいますようよろしくお願いいたします。

第2部がん治療専門医 座談会「ポストコロナ・ニューノーマルのがん治療」

【事前に視聴者から寄せられた質問をもとに、専門医が詳しく解説しました】

■パネリスト
澤 祥幸 氏
青儀 健二郎 氏 独立行政法人国立病院機構四国がんセンター 臨床研究推進部長
WJOG理事・教育広報副委員長
岩本 康男 氏 広島市立広島市民病院 腫瘍内科主任部長(兼)通院治療センター主任部長
WJOG教育広報副委員長
長瀬 通隆 氏 佐久総合病院佐久医療センター 腫瘍内科部長
WJOG教育広報副委員長
舛石 俊樹 氏
■司会進行
松本 陽子 氏 NPO法人愛媛がんサポート おれんじの会 理事長

コロナ禍の医療現場と感染予防対策

――現在の医療現場はどのような状況でしょうか?
 実際、がん治療中の患者としては家庭や病院でのコロナの感染症対策が気になっています。家庭生活で気を付けるべきこと、病院での感染リスクについて教えてください。

 総合病院である岐阜市民病院では、地域の最後の砦(とりで)として個室病棟や緩和ケア病棟をコロナに特化したり、三つの集中治療室のうち一つをコロナ患者さん専用にしたりするなどの体制を取っています。この対応によりがん患者さんや一般の救急患者さんにしわ寄せがいっていることは事実ですが、私たち公的病院は力を合わせてバランスを保ちつつ、これまでと同じようながん治療を続けられるように努力しています。

  • 青儀氏

青儀 病院内の備品を使い捨てにしていたり、各病院で手すり、ドアノブの消毒や換気を徹底したりしています。医療スタッフも診察の都度、手指消毒を徹底していますので安心してください。患者さんやご家族は自己防衛策<手洗い、うがいの励行、こまめな消毒、汚れた指を口(こうくう)腔粘膜に近づけない、ディスタンスを保つなど>に努めてください。

長瀬 家族が感染して自宅療養する場合の注意点です。①部屋を分ける②患者さんの世話をする人を限定する③家庭内でもマスクを着用④手洗いの徹底⑤換気を行う⑥共有部分の消毒⑦汚れた衣類などは洗剤で洗う⑧ゴミは密封して捨てる――の8項目です。

がん治療中のコロナ感染 重症化リスクと対応

――化学療法中にコロナに感染すると重症化しますか?
 がん患者の死亡率は一般の患者さんより高いのでしょうか?
 化学療法は延期するべきですか?

 外来では感染抵抗力がなくなるような治療は行いませんが、重症化の危険がゼロというわけではありません。死亡率は統計的に高いですが、がん患者さんでも薬物療法、手術、放射線治療といった治療別には差がなかったとの報告もあります。むしろ、喫煙習慣や糖尿病などの既往症などがリスク要因になることもあります。従って、必要以上に恐れずに感染対策をしながら体調を維持し、スケジュール通りに化学療法を受けてください。ただし、がんの状態や治療内容にもよりますので、まずは主治医と相談してください。自己判断で治療を延期・中止することはやめてください。

舛石 抗がん剤そのものは免疫を多少落とす化学療法ですので注意が必要ですが、自己判断で治療を延期・中止することはお勧めしません。やめるデメリットと続けるメリットについて主治医の先生に意見を求め、よく相談していただきたいです。

――肺腺がんの患者がコロナに感染した場合、症状はかなり重いのでしょうか?

岩本 肺腺がんイコール重症化しやすいわけではありません。長期間喫煙している人や、高齢の患者さんは気をつける必要があります。

がん治療中のワクチン接種と効果

――ワクチンへの関心が高まる中で、がん化学療法中でもワクチンを接種するべきか、また、副作用への不安を感じている患者も少なくありません。ワクチン接種によってコロナに即感染してしまいますか?

  • 岩本氏

岩本 一般的にはインフルエンザでもワクチン接種を受けることで重症化を防ぐメリットがありますので、コロナワクチンでも同様の効果が期待されます。

青儀 がんの化学療法中におけるワクチン接種の有効性、免疫の獲得、接種のタイミング、がんの種類による効果の差などについて、明確なデータはありません。米国がん治療学会などでは、がん患者さんでもワクチンの成分にアレルギーなどがなければワクチン接種が推奨されていますが、治療中に白血球数低下など抵抗力が衰えている場合があり、ワクチン接種により免疫応答が弱まる可能性もあるため無理な接種は勧められません。副作用としては穿刺(せんし)部の痛みや発赤、腫脹(しゅちょう)、発熱、悪寒、頭痛、体のだるさ、関節痛、筋肉痛、吐き気、嘔吐(おうと)などがあり、10万人に1人程の確率ですがまれに強いアレルギー反応(アナフィラキシーショック)が起こりうるとされています。ワクチン接種会場では副反応が出た場合に備えて医師が体制をとっており、15~30分程お休みいただくことになります。

 ワクチンには遺伝子を組み込んでいて、コロナウイルスが入っているわけではありません。接種後にコロナが発症することはないので安心してください。それよりも接種会場できちんと感染対策を取り、接種後も気の緩みなどから対策を怠らないように気を付けてください。

――抗がん剤や免疫療法で治療中の場合、ワクチンの効果は落ちませんか?

 基本的にはワクチンの効果が落ちることはありません。悪性リンパ腫のようにステロイドホルモンを大量に使う療法の場合は接種時期を考慮する必要があるので、主治医に相談してください。免疫療法に大きな影響があるとは考えにくく、気にされなくて大丈夫です。

――がん患者の家族は、ワクチン接種を優先されないのでしょうか?

青儀 がん患者さんのご家族が優先的にワクチンを接種を受けられる制度はありません。しかし、基礎疾患がある場合、ワクチン接種対象の「高齢者以外で基礎疾患を有する方や高齢者施設で従事されている方」として受けることはできます。

長瀬 接種当日に会場でワクチンが余った場合、接種できる可能性があります。

――がん患者を自宅で介護しています。自分が発熱した場合、看病をしてもいいのでしょうか?

長瀬 コロナでもインフルエンザであっても大事なのはうつさないこと。発熱した方に代わって看病できる人がいればその人に、いなければ主治医に相談してください。

がん患者の定期検診 薬剤治療後のリハビリ

――がんの経過観察中ですが、コロナ禍でも定期検診に行くべきですか?

  • 長瀬氏

長瀬 もちろん定期検診は受けてください。万が一、病院職員の中に感染者が出た場合は外来業務を縮小しますので、受診日がずれ込むことはあるかもしれません。しかし、自己判断で受診を先送りにするのはやめてください。

舛石 受診日の変更や間隔を空けることについては、手術後か治癒後か、またステージによっても状況が変わってきます。主治医が判断するのでよく相談して決めてください。

――定期検診に行く際に気を付けるべきことはありますか?
がん患者がコロナに感染した場合、診療してもらえるのか不安です。

岩本 病院では換気や消毒など感染対策を徹底していますが、がん患者さんご本人も他の患者さんと密にならないように留意してください。

 受診前にご自身で検温し、37.5℃以上であれば病院に電話してください。一般患者さんと別に診察し、必要であればしかるべき検査を行います。

長瀬 がん患者さんがコロナに感染した場合、もちろん診療しますが、がんよりコロナの治療を優先することになると思います。

青儀 そのようなケースを想定して、様々な検査を受けられるような連携や後方支援などの体制をとっていますので、安心して生活してください。

  • 司会 松本氏

――抗がん剤治療の後遺症(副作用)で手足のむくみ、冷え、しびれなどがあります。治癒につながるようなリハビリがあれば教えてください。

岩本 特定の薬剤は副作用が長く続くことがあります。お風呂でよく温めてマッサージしたり、手袋をして保湿するなど試してみてください。

 副作用は個人差があるため個別対応になりますが、リンパ浮腫のように手術で改善することもあり、副作用を抑える薬も開発されています。気長に待ちながらリハビリを続けることが大切だと思います。

(敬称略)

主催: 認定NPO法人西日本がん研究機構(WJOG)
後援: 大阪市役所医師会、日本肺癌学会、肺がん医療向上委員会、日本臨床腫瘍学会、NPO法人愛媛がんサポート おれんじの会、読売新聞大阪本社広告局