HOME > 目次 > 東北ツアー2019 1日目

写真=復興シンボルの看板の前で。左から、語り部・高橋政樹さん、舞子高校卒業生の久保力也さん、同校・藤原祐弥君、久米崚平君、橋本来夏さん、石井比奈さん、「3.11みらいサポート」高橋正子さん、藤間千尋さん

【視察行程】
 1日目  石巻市内
◆公益社団法人「3.11みらいサポート
 …津波に襲われた街を案内してもらい、語り部の男性から当時の話を聞く
◆一般社団法人「フィッシャーマン・ジャパン
 …三陸の漁業振興について学ぶ
 2日目  石巻市鮫浦・女川町
◆鮫浦湾でホヤ漁師から話を聞く
 ↓女川町に移動
◆震災後音楽イベント等を企画する「女川福幸丸」メンバーに取材
◆「女川向学館」(認定NPO法人「カタリバ」)
 …被災した子供たちへの支援や取り組みを学ぶ

 舞子高の環境防災科は2002年、地域や職場における将来の防災リーダーを育てるため、全国で初めて設置された学科だ。5人は、「被災地の今を自分の目で確かめたい」との思いで現地に入った。

 初日に訪れた石巻市ではまず、14年に開館した震災伝承施設「つなぐ館」を訪問。公益社団法人「3.11みらいサポート」専務理事の中川政治さん(43)から、被災地支援と伝承における「連携」の大切さについて説明を受けた。中川さんは「自分に少しでもできることは何かを考えることが大切」と語りかけた。

 続いて、同法人スタッフの高橋正子さん(56)の案内で、震災前後の写真などが見られるタブレット端末を手に、街を歩いた。観光交流施設「いしのまき元気いちば」周辺は、自衛隊による仮設風呂の設置や仮設商店街を経て、現在の街並みに。津波がさかのぼった旧北上川沿いには河川堤防が建設され、被災地が刻々と変化を遂げている様子を実感した。

 高橋さん自身も、津波で自宅を流された被災者。当時を思うと今でも気持ちが落ち込む。それでも元気に大きな声で案内役を務めるのは、「沈む気持ちを奮い立たせて街のことを語り、『津波が来たら逃げて』と伝えることが、支援を受けた私たちにできる恩返しだから」だという。

 その後は、同市内の南浜、門脇地区に移動。約7メートルの津波に襲われ、甚大な被害が出た一帯だ。15年にオープンした「南浜つなぐ館」では、震災前の街並みを再現した模型を前に、語り部の高橋政樹さん(65)に被災経験を聞いた。

 当時、車で走っていた時に揺れを感じ、市立門脇小に避難して助かったという。「なぜ逃げる判断ができたのか」との質問に、「信じられないような揺れと、異常なまでの静けさで、津波が来ると感じた」と振り返った。語り部を始めたのは2年前。「津波の被害を知ってもらうためには、経験を語るしかないと思った」と語った。

 将来起きうる災害から、一人でも多くの人が命を守れるように――。震災から8年余り、震災伝承の継続のためのネットワークがつくられ、その輪を広げている。

公益社団法人「3.11みらいサポート」
 2011年3月11日の東日本大震災後に、石巻に応援に駆けつけた多くのNPOやNGOの事務局機能からスタート。2012年11月に「みらいサポート石巻」と名称を改め、石巻地域のリーダーや団体とともに石巻を支える活動を行う。伝承活動も東北三県連携はと広がったため、19年4月に法人名を「公益社団法人 3.11みらいサポート」へと改称。経験や教訓を全国へ発信している。
https://311support.com

 漁業を「カッコよくて、稼げて、革新的」な産業に――。若手漁師らでつくる一般社団法人「フィッシャーマン・ジャパン」(石巻市)は、「新3K」を打ち出し、漁業の担い手を増やそうと挑戦を続けている。

 同法人は14年に設立。震災後、人手不足が深刻化する中、新人漁師が暮らすシェアハウスを整備したり、就業希望者と漁師とのマッチングを図ったりして、全国各地から就業者を呼び込んできた。24年までに、水産業に携わる「フィッシャーマン」を1000人増やすことを目指している。

 石巻市にある同法人の事務所でアートディレクターの安達日向子さん(28)が「漁業を子供たちの憧れの職業にしたい」と話す姿に、5人は熱心に聞き入った。

 メバルなどの三枚おろしにも挑戦。慣れない作業に苦戦しながらも無事にさばき、焼き魚にして味わった。ホヤ(※)の刺し身も振る舞われ、初めて見る姿形に戸惑いながらも新鮮な海の幸に舌鼓を打った。

 「日本の水産業をアップデートする」。この活動方針のもと、100年、200年先の将来を見据えた若者たちの新たな発想が、日本の水産業を変えようとしている。

※ホヤ
 ホヤ貝と呼ばれることも多いが貝ではなく、脊索動物門、尾索動物亜門、ホヤ網に分類され、その数2,000種。日本では主に真ボヤ、赤ボヤが食べられている。東日本大震災前は全国の生産量のうち、宮城県が約80%を占めていた。震災の影響で養殖のホヤは壊滅状態に。ホヤは出荷できる大きさになるまで3年を要する。ホヤは5つの味覚「甘味、塩味、酸味、苦味、うま味」の全てを持つ稀少な食材。フィッシャーマン・ジャパンでも、ホヤを食べた後に水を飲むと甘味を感じる体験をして、一同ホヤのスゴさを実感した。
 これまで生産量の7割近くを消費していた韓国が、原発事故を理由に水産物輸入禁止措置を実施。日本はWTO(世界貿易機関)に禁輸解除を求めていたが、19年4月に逆転敗訴した。ホヤの国内消費促進に向けて、ホヤファン拡大を目指している。
 宮城県牡鹿半島に位置する鮫浦湾は、ホヤ天然種苗地の一大産地として、県内の種苗供給を担っている。

一般社団法人「フィッシャーマン・ジャパン」
 「未来の世代が憧れる水産業を目指すことを目的に2014年7月設立。三陸の若きフィッシャーマンたちが、東日本大震災で崩れた既成概念をバネに、飲食店や小売店はもちろん、地域や業種の枠を超えて、全国へ漁業の魅力と水産業の未来を発信している。
https://fishermanjapan.com/


後援/宮城県、兵庫県、石巻市、女川町、神戸市