HOMEリレー活動畠山健介×熊谷育美 思いのカタチ震災の教訓 受け継いで

  • 震災の教訓 受け継いで

 「未来へ紡ぐリレープロジェクト」では、関西の子どもたちが大地震の被災地を訪れ、「子ども記者」として復興していく街の姿を取材。各地で住民らとの交流を育んできました。東日本大震災から8年を迎え、プロジェクトにかかわった子どもたちに、防災への意識の変化や新たな取り組みについて聞きました。

  • 自分の言葉で伝えたい 海外の人にも

 「この3日間、見て聞いて学んだことを心に刻んで、命の大切さ、災害の怖さ、人とのつながりを、みんなに伝えたいです」。小学5年生だった2015年8月、東日本大震災の被災地の宮城県南三陸町などを巡り、記事の最後をそう締めくくった岩佐賢司郎君(14)。その思いは、昨年8月の海外留学への挑戦につながりました。

  • オーストラリアで現地の中学生と交流する岩佐賢司郎君

ホストファミリーに英語で説明

 岩佐君が住む兵庫県猪名川町では、町内の中学校に通う2年生を対象に、姉妹都市を結ぶ豪・バララット市への国際交流推進事業を実施。岩佐君は、海外の人たちにも被災地の現状や津波の恐ろしさを伝えたいと応募し、10人の派遣団に選ばれました。

 8日間の日程で滞在したホームステイ先では、震災の前と後、復興途中の写真を見せながら、身ぶり手ぶりや覚えたての英単語をつなげ、津波の威力や新しい街づくりに挑戦する住民らの取り組みを説明。ホストファミリーからは、「写真を見て、想像を絶する災害だったということが分かったわ。日ごろのささやかな暮らしが、どんなにありがたいものか、ケンシロウから教えられた。ありがとう」という言葉が返ってきました。

生徒会長にも挑戦

 岩佐君は帰国後、思い切って生徒会長に手を挙げ、信任投票で選ばれました。現在は、半年で2回の大地震に見舞われた北海道厚真町への支援活動ができないか、生徒会で計画を練っているところです。「プロジェクトでの体験を生かしたいという思いが、留学や生徒会長へと一歩踏み出す原動力になりました。言葉が通じない環境で思いを伝えられた経験は自信につながり、日本ではもっと多くの人に自分の言葉で伝えていきたいと思えるようになりました」

  • 被災地での体験 家族で共有

 14年8月に岩手県釜石市などを訪れ、現地の中学生と意見交換した佐々木碧海(たまみ)さん(15)。「自分の命を自分で守るためには、日頃から、家族でひなん場所を相談したり、自分で状況をはん断して行動できるように、訓練しなければいけないと思いました」。当時の記事につづった決意を、妹の郁羽(いくは)さん(12)ら家族で共有してきました。

  • 佐々木碧海さんと郁羽さん

避難場所を確認

 兵庫県西宮市の自宅は海や川が近く、津波の体験談はひとごととは思えませんでした。プロジェクトに参加してから、家族全員で近くの避難場所を確認。避難バッグを手作りし、クラッカーなど備蓄品の補充も率先して担当するように。昨年9月の台風21号で停電になった時には、懐中電灯をつけようとして電池切れに気付き、普段の備えの大切さを改めて実感しました。

被災地の役に立ちたい

 「災害現場では何が起きるか分からないって、お姉ちゃんに教えてもらいました」と話す郁羽さん。碧海さんは、プロジェクトでの体験から、災害ボランティアに興味を抱くようになりました。「思い出したくないはずなのに、私たちのために一生懸命話してくれて。その意味をかみ締めないと」。

 郁羽さんには、災害現場で救急医療に携わる医師になりたいという夢があります。碧海さんは、小学生の時から教師になることを目標にしてきました。「被災地での体験を次の世代に伝えられる先生になりたい」。そう力強く語ってくれました。

  • 「人と防災未来センター」津波避難体験コーナー
  • 松井彩凛さんと伊藤潤君

 南海トラフ巨大地震に備え、津波の恐ろしさと早期避難の大切さを知ってもらおうと、防災研究機関「人と防災未来センター」(神戸市中央区)に新設された「津波避難体験コーナー」。昨年8月のオープン以来、すでに1万5000人以上が体験したそうです。

 約150平方メートルの展示スペースの一角に、高さ3メートル、幅7メートルの大型スクリーンを設け、手すりと前後にスライドする歩行装置を整備。7~8分間のプログラムのなかで、コンピューターグラフィックス(CG)による津波の映像が映し出され、膝下まで浸水した際の水圧を歩行装置で疑似体験できます。

 「プールの中で歩くぐらいのイメージを思い描いていたけど、足が重くて、手すりがないと踏み出すこともできませんでした」。昨年8月に釜石市などを訪れた小学6年、松井彩凛(あかり)さん(12)は、想像以上の津波の威力を感じたようです。同じプロジェクトに参加した小学5年、伊藤潤(ひろし)君(11)も「くるぶしぐらいまでの水深なら逃げられると思っていたけど、水がきた時にはもう遅いということが改めて分かりました」と実感していました。

 松井さんは、今月1月に学校で開催された阪神・淡路大震災の追悼式で、釜石市で教えてもらった「津波てんでんこ」の教訓を引用し、追悼の言葉を述べたそうです。伊藤君も、南海トラフ巨大地震を想定した学校の避難訓練で、「いざという時に、頭で考えなくても体が自然と動くよう、真剣に取り組むようになりました」と話していました。