法隆寺フォーラム2012
【主催】法隆寺、読売新聞社、NHK
【協賛】聖徳大学、図書印刷、ビーバンジョア
(2012年10月24日:読売新聞大阪本社版朝刊記事より)
今こそ 和の時代
聖徳宗総本山・法隆寺(奈良県斑鳩町)と読売新聞社が、聖徳太子の1400年御遠忌(ごおんき)(2021年)に向けて実施する「聖徳太子1400年の祈り」キャンペーンの一環として、「法隆寺フォーラム2012」が9月29日、東京国際フォーラム(東京都千代田区)で開かれた。かつて、聖徳太子が説き、日本の誇るべき「和」の精神を、世界に向けてどう発信していくのか。白熱した議論に、約1000人が聞き入った。
忘れないことが大切
大野玄妙・法隆寺管長
日本人は古くから、この海に囲まれた、限られた土地で、自然の恵みや脅威をみんなで分け合い、思いやりの気持ちを持って生きてきました。漢字が日本に入ってきた時、その心の内を表現する文字として「和」という字が使われました。辞書では「和(やわ)らぐ」とか「和(あまな)う」とかと書かれています。その精神をもとに、様々な文化や時々の情勢を上手に受け入れて消化し、新しい文化を築き上げてきた器用な民族です。
日本は594年の詔(みことのり)により、「これからは仏教を受け入れる」ということを国の内外に示しました。ただ、その後、仏教のみに偏ったわけではなく、神祇祭祀(じんぎさいし)と共生の道を歩み始めました。その後は中国やヨーロッパの文化も受け入れて、自分たちの文化を生み出しました。これこそが日本の文化であり、和の文化というものなのです。
もう一つ大事なのは自然との共生です。607年に推古天皇が「先祖代々あまねく山や川をまつってきた祭祀を怠ってはならない」と詔を出したように、私たちは長い間、自然と調和し、その恵みを受けて暮らしてきました。しかし、現在はどうでしょう。あらゆる面で自然に対抗意識を持ち、逆らって生きているのが現実です。自然とどう向き合って暮らしていくのかを、考えるべき時期に来ているのではないでしょうか。
「和」という言葉もそうですが、すべてを言葉で説明することは難しい。東日本大震災で被災した皆さんの心の苦しみは、ある程度想像はできても、残念ながら本当の苦しみまではわかりません。それでも一生懸命、そうした苦しみや、起こったこと、亡くなられた方に対する思いを決して忘れないことが大切です。復興には10年、あるいはもっとかかるでしょう。でも決して忘れてはいけない。
聖徳太子の言葉の中に、「不忘(ふもう)」という言葉がよく使われます。片時も忘れない、という思いが実は一番大切ということです。太子は「必ずこうした戒めを守らなければならない」とは言いません。
「守りたいという気持ちが大切」ということです。絶えずより高い理想を掲げ、常にそれを実現する努力をする人生を、共に歩んでいければと願います。
池田 劇画『聖徳太子』を描いていて、太子は進取の精神に富んだ、新しい感覚を持った人だったのではないか、と思いました。十七条憲法のように、先例がなく、周りの人たちがびっくりするような新しい制度を作るなど、古典音楽しかない中でロックに飛びつくような感覚を持っていたからではないでしょうか
大野 日本の国自体がそういう時期でした。冠位十二階も、この制度がなければ外交ができなかった。『私は日本国のこういう官職の者です』と言わなければ相手にされませんから。制度や秩序を整理し、周辺の国々と話ができるようにしていった時代でした
藤原 日本の国柄には、太子の頃からの和の精神が働いています。日本人自身には見えにくいかもしれませんが、例えば、幕末・維新の頃に来日した外国人は『日本人は皆貧しいが、皆幸せそうだ』と仰天した。日本人は1人では幸せになれない。そして弱者への涙と絆がある。だから貧しくても不幸じゃない。『和』の底にあるのは惻隠(そくいん)と慈愛の気持ちです。
幕末以前もそうだったし、1980年代には1億総中流時代という真面目に働く人が皆、中流になれるという、私の理想に近い社会が実現しました」
池田 現代の日本では多くの方が、政治家に絶望的な思いを持たれている。十七条憲法には人間はグループを作っていがみ合うものだとか、嫉妬するものだとか、つまり、いかに愚かであるかが書いてあり、だから、どうすればいいかを、示している。じっくり最初から読んでほしいと思います。そういう古来の大切なことを、最近は教育の中で教えなくなっています
藤原 日本人が戦後、完全に自信を失ってしまったのが諸悪の根源です。歴史も、文化も、日本の『戦前』が全部否定されて国柄にも自信を失った。そして何でも外国からそのまま取り入れてしまっています。
ここ20年ほどは新自由主義、市場原理主義がはびこっています。市場に任せて自由競争して勝者が全部取り、敗者は能力・努力が足りないという考え方です。競争に勝たないと生きていけない。これでは惻隠や慈愛どころじゃない
大野 私たちの社会は、子どもたちにも競争を押しつけてきました。教育から得る知識とは別の、社会や自然から学ぶ部分を剥奪されている。昔は、いじめが過ぎたり、たたいたりすれば、動物は死ぬことを身をもって知っていましたが、今の子どもは限度が分からない。そして、凶悪なことを起こしてしまう、ということもあります
池田 一方で、東日本大震災では不幸な災害の中で日本人が助け合い、そのことに世界が驚いた。うれしかったですね
藤原 震災で日本の真価が、世界に通じました。東北の人々は、きちんと並んでトラックが食料を運んで来るのを待ち、おにぎりを一つもらって深々と頭を下げていました。そして、略奪も起きなかった。若者やスポーツ選手、芸能人らがボランティアとして駆けつけました。戦前に『公に尽くす』ことが強調され過ぎた反動で、戦後は『個人』ばかりが大事にされたが、いざという時は『個』を捨てて『公』に尽くす美しさがまだ残っていました
池田 そういう精神性がはっきりと日本人の心に染み渡ったのは太子の力だったと思います。和の教えをぜひ、世界に向けて発信していってほしい。例えば、終身雇用制は悪く言われてきましたが、最近はむしろ労働者の精神安定にいいと欧米から見直されていると聞きます
藤原 新自由主義は今、清算期に入っていますが、その後どういう世界を構築すべきか、誰もわかっていません。今こそ日本の出番です。和の精神や、その中心にある惻隠とか慈愛とかは、21世紀以降の世界のキーワードになるんじゃないかと考えます
大野 震災を通じて、私たちは忘れかけていた日本人の精神性を思い出しました。そして、連鎖反応のように次々と日本人のよさが感じ取れるようになってきました。これを忘れてはいけません。忘れないための努力をずっと続けていきたい。思い続けることが大切なのです