コロナ禍を経験し、社会の価値観が転換期を迎える中、身体的・精神的・社会的に良い状態を指す「ウェルビーイング(Well-being)」という概念が注目されています。健康とは何か、自分らしく豊かな人生を送るには何が必要かを考えようと、ライブ配信による「スミセイ ウエルネス セミナー オンライン」が11月20日、住友生命いずみホール(大阪市中央区)で開かれました。現役を引退しクラブ運営に臨むラグビー元日本代表・五郎丸歩さんや心理学、介護の専門家らが出演し、よりよい明日を生きるためのヒントを探りました。

主催:住友生命福祉文化財団、読売新聞社
協賛:住友生命保険相互会社

第1部トークセッション

ラグビーに学んだ多様性

五郎丸 歩 氏(静岡ブルーレヴズCRO、ラグビー元日本代表)
辛坊 治郎 氏(キャスター)

自分でコントロールできることに焦点を

  • 辛坊 治郎 氏

辛坊 2019年に日本で開催されたラグビーワールドカップは大ブームになりました。五郎丸さんが有名になった15年の大会も、強豪・南アフリカに勝ったときの熱狂はすごかったですね。環境が大きく変わってどうでしたか。

五郎丸 チームに注目してほしかったので違和感がありました。ただ、ラグビーが脚光を浴びたので、19年に向けて魅力を伝える役割を果たそうと感じました。

辛坊 今更ですけど、五郎丸さんといえばルーティン。あれは何でしょうか。

五郎丸 小学生にはこう説明します。「通学路は同じ道を通れば事故に遭うリスクは小さいよね。だけど、寄り道やよそ見をすると事故が起きやすい。いつも同じ動作ならリスクは小さくなる=ゴールキックが入る」。実際に蹴るときはコントロールできることに焦点を当てます。天候やお客さんの数は動かせませんが、ボールを置く角度、歩数などは自分で決められますよね。それがルーティンで、ポーズはあまり意味がないんです。

辛坊 ルーティンは心を安定させるための手がかりですか。

五郎丸 間違いないです。雑念が生じないよう、やるべきことを整理していました。キックは難しい端の位置ほど楽しいですね。逆にど真ん中は一番プレッシャーがかかります。

辛坊 分かります。私事で恐縮ですが、ヨットで単独太平洋往復横断をしたんです。波が荒れて死にそうなときは大丈夫なのに、安定していたときに怖くなりましたから。

いかに人の長所に目を向け、短所に目をつぶれるか

  • 五郎丸 歩 氏

辛坊 五郎丸さんのポジションは一番後ろ、背番号15番のフルバックでした。ラグビーの面白さは選手それぞれに異なる役割があるところですね。

五郎丸 体格も性格も全く違います。スクラムを組む、背番号が若い人(※1~8番=フォワード)ほど優しいですね。きつい練習をしても毎日ニコニコして幸せそうです。

辛坊 ラグビーには、「One for all, All for one(一人は全員のために、全員はひとつ〈勝利〉のために)」という格言があります。

五郎丸 試合中は自分自身が試される局面が多く、みんなのために何ができるかを常に探していました。多様性のスポーツといわれますが、根本にあるのは個人の尊重。生き方や育ってきた環境が違う中で、そもそも価値観が違うと認識し、いかに長所に目を向け、短所に目をつぶれるかが大事だと思っています。

辛坊 私も太平洋横断中、一人だからこそ人とのつながりが見えてきて、一人で生きているわけじゃないと心底実感しました。仮に航海中に全人類が滅びたと知ったら、生きて帰ろうとは思わなかったですね。

新たな挑戦 人とクラブをつなぐ

辛坊 半年ほど前に現役を引退され、新リーグに参戦する静岡ブルーレヴズ(旧ヤマハ発動機ジュビロ)のCRO(クラブ・リレーションズ・オフィサー)に就任されました。どんな役割ですか。

五郎丸 ステークホルダー(利害関係者)とクラブをつなげる役です。新リーグ発足に伴い、クラブ自身が興行権を持ち、利益を出して運営していく立場になりました。私は現在、チケット担当としてコロナ禍での対応に追われています。リーグやクラブを新しい段階に進めるのは簡単ではありませんが、挑戦しないと何も変わらない。19年に皆さんにラグビーを認知してもらえたことを追い風に頑張りたいと思います。

第2部パネルディスカッション

より健康楽しい人生のために

〈パネリスト〉
 五郎丸 歩 氏
 上条 百里奈 氏(介護福祉士、研究員、モデル)
 関屋 裕希 氏(臨床心理士、公認心理師)
 辛坊 治郎 氏

ウェルビーイングって何?

  • 関屋 裕希 氏

辛坊 ウェルビーイングは、辞書的に訳すと「身体的・精神的・社会的に良い状態」を意味します。幸せな状態、充実した状態などともいわれ、非常に幅広い言葉です。皆さんはどう位置づけていますか。

関屋 私は、ネガティブな感情を含めて「感情豊かに生きること」だと考えています。不安になりたくないから挑戦しない、怒りたくないから親密な関係を築かないということになると、理想の人生から遠ざかってしまいます。ぜひネガティブな感情を味方にしてほしい。例えば、怒りは大事なものを傷つけられたときに起こるものです。怒りを感じたときは、「自分には大切なものがあるんだ」と考
えてほしいです。

上条 「福祉」とも訳されていて、直訳すると「良くいる」ですよね。介護・福祉の目的は医療と違って、治療ではなくその人の主観的な幸福ですから、ずっとウェルビーイングを追求してきた業界だといえます。かつて最善の医療で手術が成功して命が助かったおじいちゃんに、何がしたいかを聞いたら「死にたい」と言われたことがあります。帰る場所や自分が生きていることを喜ぶ人の存在が大事なんだと痛感しました。それと、雑談で笑っている時間があるかどうかが重要ですね。


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関屋 ウェルビーイングの向上には人とのつながりに加え、自分とのつきあい方が大事です。自己批判をして頑張る方法に対し、セルフ・コンパッションという「自分に思いやりの気持ちを向ける」考え方があります。思いやりを感じると失敗や欠点に向き合う勇気が湧きますし、他人にも同じ気持ちになれると思います。

辛坊 具体的にどうすればいいですか。

関屋 まずは行動でやると簡単です。バタフライタッチといい、腕を(胸の前でクロスさせて交互に)トントンとたたくと気持ちが少し落ち着きますよ。

やりたいことを達成する介護 みんなで助け合おう

  • 上条 百里奈 氏

上条 認知症の方は、ストレスが徘徊(はいかい)や暴言などにすぐ直結します。私が働く事業所では鍵をかけないので、外に出ると数時間帰らない人がいるんです。でも、一緒につきあうことで暴力や暴言につながらず、穏やかに過ごせます。鍵をした方が人員も少なくて済むし、当然楽です。けれど、不合理に見える行動が結果的に合理的になるんです。

辛坊 介護される側のウェルビーイングは向上しますが、介護する側は大変そうですね。

上条 介護の目的はその人のやりたいことを達成することで、そのために介助があります。温泉旅行などにも同行しますし、雑談をしたり、楽しいこともあるので個人的にはそんなに大変だとは思いません。ただ、社会全体で見れば労働環境など課題は多いですね。介護職だけ、家族だけじゃなく、他人や地域がどう関わるか。そのために共生社会や多様性、ウェルビーイングを一人ひとり考えることが大事です。

関屋 学術的にもウェルビーイングを測る尺度は開発途中ですから、その人なりの「いい感じ」を追求すればいいのかなと思います。例えば、私だと「おいしくごはんが食べられること」とかですね。

「今、ここ」に注意を向ける マインドフルネス

辛坊 心と体のバランスを研究する関屋さんから、一つの技法を教えていただきます。

関屋 「マインドフルネス」というものです。〝今、ここ〟に注意を向け、ありのままに目の前で起きていることを観察します。今日は呼吸に着目するワークをします(※約3分、目を閉じて呼吸に集中)。

辛坊 呼吸って大事ですよね。五郎丸さんは蹴るときどうされていますか。

五郎丸 力を抜いた方が脚を振るスピードが出るので、ふっと息を吐き、当てる瞬間だけ力を入れています。

辛坊 何事も力むとダメですね。上条さんの心身を維持する方法は?

上条 友達とお茶やお酒を飲みながらしゃべることです。あとは白湯(さゆ)をよく飲みます。罪悪感がないですし、体が温まるのでおすすめです。

「あるものに目を向ける」「とにかくしゃべる」「己を知る」

辛坊 最後に、心と体のウェルビーイングで最も大切にしていることを伺います。

関屋 ないものではなく、あるものに目を向けることです。足りないものや自分にないものに注意を向けてしまいがちですが、視点を変えてみてほしいです。

上条 やはり雑談が一番大事です。例えばジムでは、一人で黙々と鍛えている人より話しながらする人の方が健康レベルが高いという研究データがあります。とにかくしゃべる、仲良くする、つながることです。

五郎丸 己を知ることです。今の時代、リラックス法や健康法はいくらでも調べられます。まず、自分が何を求めているか、どういう性格かを知ることがスタートだと思います。

辛坊 自分にとっての心と体にいいことを考える時間が大切ですね。セミナーがそのきっかけになれば幸いです。

視聴者の皆さんから質問を募集しました!

 高齢者が毎日を楽しく暮らすコツを教えてください。

 老いは「衰え」ではなく「成長」だと考えています。できていたことができなくなるという、最難関の成長過程を体験しているとポジティブに捉えてもらえたらうれしいですね。年配の方が生き生きしている姿は若者の希望にもなります。(上条氏)

 自分らしく生きることと世間の常識がずれているとき、どうすればいいですか?

 常識は変わりますから、自分らしさを応援したいですね。このセミナーもそうですが、オンラインなら世界中を探せば分かってくれる人や同じような個性を持った人に出会えます。そんな仲間と出会って、ぜひ自分らしさを大事にしてほしいと思います。(関屋氏)

 ネガティブな気持ちになったとき、立て直すための秘訣(ひけつ)はありますか?

 基本的にはあまり落ち込まないのですが、そういう時は寝ることにしています。悩んでいるときは「自分は通常の状態ではない」と考えているからです。まず寝て、起きてからもう1回考え直す方が、物事を正しく判断できると思います。(五郎丸氏)

■profile

五郎丸 歩
 早稲田大学で大学選手権優勝を3度経験し、2008年にヤマハ発動機ジュビロに入団。15年のW杯では主力として活躍。21年に現役を引退し、現在は新チーム運営に携わる。

辛坊 治郎
 読売テレビ放送でアナウンサー、報道局情報番組部長、解説委員長などを経て2010年からシンクタンク大阪綜合研究所の代表。21年にヨットでの太平洋単独往復横断を達成。

上条 百里奈
 介護福祉士として現場に従事しながら、白梅学園大学で嘱託研究員兼非常勤講師を務める。スカウトをきっかけにファッション誌などでモデルとしても活動。

関屋 裕希
 東京大学大学院医学系研究科精神保健学分野客員研究員。専門分野である職場のメンタルヘルスに関する講演、執筆、コンサルティングなどを行う。