人口減少や都市と地方の経済格差が進み、地方創生への取り組みが活発化する中、よみうりICTセミナー「まちづくりに、ICTで夢と未来を」が10月5日、大阪市北区のグランキューブ大阪で開かれました。講演と事例報告を通して、まちづくりにおけるICT(情報通信技術)活用の重要性や、ICTで広がる可能性について考えました。
主催:読売新聞大阪本社 協賛:NTT西日本
これまでのICTは、コンピューター、インターネットから人の情報をデジタル化、共有化して社会を効率化、活性化していくものでした。これからのIoT時代は、モノとモノとがネットワークでつながり、膨大なビッグデータの集積をAI(人工知能)で分析し、新たな価値を創造していく時代です。政府が行う「未来投資会議」の成長戦略でも、IoTやAIの技術を積極的に活用し、健康寿命の延伸、自動運転の実現、快適なインフラ・まちづくりなどの課題に重点的に取り組むことが柱になっています。
これらが可能になるのは、情報通信インフラがきちんと整備されているからです。NTTをはじめとする通信事業者の努力で、日本のブロードバンドは高速の光ファイバーを中心に発展してきました。契約数の多さ、料金の安さ、使える地域の広さなどを見れば、世界最高レベルの情報通信インフラであると思います。
人口が減少し、東京一極集中が加速する中、ICTを活用した地方創生が注目されています。国の「まち・ひと・しごと創生総合戦略」では、ICTでまちづくりにイノベーション(革新)を起こすことがうたわれています。例えば、雇用の面では、徳島県神山町のテレワークが有名です。ブロードバンド環境を活用したサテライトオフィスの整備が進められ、首都圏のICT関連のベンチャー企業が移転したことで、移住や地元の雇用が創出されています。
観光・防災面では、無料公衆無線LANの整備があります。福岡市は官民共同で市内にWi-Fiを設置し、外国人観光客から好評を得ています。住民が点在しているため情報の伝達に苦労していた長野県辰野(たつの)町では、Wi-Fiを利用して災害情報などの提供を始めたところ、非常に好評だということです。
このほか、海外向けの放送コンテンツの制作、センサーを活用したイノシシ被害対策など農業への活用、行政によるオープンデータの公開、マイナンバーカードと母子手帳のひもづけなどの取り組みも成果を上げています。
こうした優良事例を横展開していくことが、今後は大切になっていきます。自治体が中心となってICT化を進めていく必要がありますが、現状では、財源が厳しい、効果が明確でない、人材が足りないなどの理由から、関心はあっても取り組めていないケースが多いようです。
2020年からは、小学校でプログラミング教育が必修化されます。教育用コンピューターや教室のWi-Fi環境といったインフラ整備も含めて、ICT人材の底上げを図る取り組みが進められていくことに期待しています。
桜井 俊 氏(一般財団法人全国地域情報化推進協会 理事長)
1953年群馬県生まれ。東京大学法学部卒。77年郵政省(現総務省)入省。総務省総合通信基盤局長、情報通信国際戦略局長、総務審議官(郵政・通信担当)を経て、2015年7月から総務事務次官(16年6月まで)。今年6月から現職。他に、三井住友信託銀行顧問も務める。
事例報告 1
大阪観光におけるデジタルマーケティングについて
外国人観光客の受け入れが活発化する中、大阪を訪れる観光客は、今年は1000万人を超えると言われています。大阪観光局は、勘と経験に頼っていた観光分野を、数字に裏打ちされたデータとして可視化して施策を進めています。約5000か所、6000アクセスポイントが設けられた「Osaka Free Wi-Fi」の利用から得られるデータを活用し、整備計画を立て、観光客の動線を分析します。
言語や時間帯別に見れば、例えば韓国人観光客は、朝は難波を拠点に、その後天神橋や大阪城へ移動、夕方から夜にかけて梅田に移動するというような動きも分かります。こうした特徴から、天神橋エリアに人をとどめるために商店街が観光客向けのメニューを開発するなど、新たな施策が生まれます。また、24時間観光都市を目指し、GPS位置情報とSNS投稿を基にした夜間の活動の分析もしています。さまざまなデータを組み合わせて、観光を掘り下げています。
事例報告 2
百舌鳥・古市古墳群PRのためのICT活用について
堺市は、「百舌鳥(もず)・古市古墳群」の大阪初の世界遺産登録に向けてPRを進めています。今年7月、国内推薦候補に選定されたのを受け、2019年の登録実現を目指します。百舌鳥・古市古墳群は、秦(しん)始皇帝陵やクフ王ピラミッドと並ぶ世界最大級の王墓ですが、その大きさゆえに地上からは雄大さや価値が実感できないという課題があります。全体像を見てもらうため、堺市博物館内に百舌鳥古墳群シアターを設置し、高精細CG映像で上空からの眺めやかつての古墳の姿などを見られるようにしました。今年8月からは、仁徳天皇陵古墳VRツアーを開始。専用ゴーグルを使って360度の映像を楽しめます。
堺市とNTT西日本は、地方創生の実現に向けた包括連携協定を結んでいます。百舌鳥・古市古墳群の世界遺産登録の推進もその一つとして、取り組みを強化しています。公衆無線LANの整備や映像を利用したPRなど、ICT技術の活用で、百舌鳥・古市古墳群の価値を示していきます。
箕面市の人口は約13万5千人。2014年の対08年伸び率は106%と、大阪府内で第1位です。教育分野に力を入れてきた結果、ニューファミリー層の流入が増えたと分析でき、箕面市そのものを教育が支えていると言えます。
ICTが当たり前にある社会から、学校だけが取り残されています。電子黒板やタブレット導入にあたっては、成果や費用対効果が議論されますが、その前に、まずはICTが今の世の中と同じくらい当たり前に存在する環境を作り出すべきです。すでに電子黒板は箕面市の全小中学校の全普通教室に配備され、小学校1年から始まる英語の授業などに役立てられています。
また、スカイプで常時接続されたモニターを設置し、休み時間にニュージーランドの学校と自然なコミュニケーションが取れるシステムも一部の学校で導入しています。デジタルネイティブと呼ばれる世代の子どもたちが、ICTを使ってどういう学習をし、どんな発想でどんな社会を作り出していくか、今の大人には想像がつきません。効果予測も大事ですが、当たり前に使える環境をつくれば、子どもたち自らが活用の仕方を見つけてくれるのではないかと感じています。
ICTはバックグラウンドでも教育を支えています。箕面市では12年から学力・体力・生活の全数調査を行っています。クラス単位ではなく、一人ひとりのデータを取ることで、経年変化を分析することが可能です。指導後の変化率や学級経営力を先生ごとのデータとして可視化することで、できる先生のノウハウを活用し、組織としての指導力を上げることもできます。
貧困などの課題の連鎖を断ち切るためにもICTは活用できます。課題を抱えていそうな子どもたち自身の情報と、市が持つ家庭環境のデータをつなぎ合わせ、子どもたちを見守るシステムを構築しています。例えば成績が中位層の子どもからは課題が見えにくいですが、上位から中位に落ちているといったような変化がシステムを通して分かれば、何か課題を抱えている可能性が推測でき、早く対策をとれます。開始してまだ1年のシステムですが、10年、20年と長い目で運営していく計画です。
教育分野のICTというと、学校の教室で1人1台タブレットという狭い議論になりがちです。これ以外にも、今後は生涯学習などでの活用も見込めますし、勘と経験に頼ってきた教育の裏付けにも使えます。ICT教育を教室の中だけにとどめるのではなく、全方位の教育分野の中で考え、時には腹をくくった投資も進めて、子どもたちを育てていければと考えています。
倉田 哲郎 氏(箕面市長)
1974年静岡県生まれ。東京大学法学部卒。2008年より現職(現在3期目)。“子育てしやすさ日本一”を市政運営の柱とし、教育委員会の過半数に保護者を登用、小・中学校の全学年・全児童生徒を対象とした学力・体力・生活状況調査の毎年実施など、幅広く教育改革を推進。「全国ICT教育首長協議会」役員、「教育再生実行会議」委員も務める。