子どもに起こり得る病気は様々ある中で、医療の進歩によって難病にも光が差し、希望が持てる時代になってきました。今回、保護者として気をつけたい、乳幼児の異変や神経筋疾患について、東京女子医科大学医学部小児科学講座准教授の石垣景子先生に、フリーアナウンサーの内田恭子さんがお話を伺いました。
profile
いしがき けいこ/1998年東京女子医科大学医学部卒業、同大学院博士課程入学、同大学小児科入局。専門は小児神経。先天性筋無力症の遺伝子解析の研究留学を経て、2002年、東京女子医科大学医学部大学院博士課程修了。10 年、ロンドン大学、パリ第6大学に留学。19年より現職。
うちだ きょうこ/1999年にフジテレビに入社。人気アナウンサーとして様々な番組を担当後、2006年に退社。以降、フリーアナウンサーとして、テレビ・ラジオ・CMへの出演や執筆活動をベースに幅広く活躍する。11年より都内の小児科病棟などで読み聞かせ活動も行っている。現在、10歳と8歳になる2男の母。
内田 子育ての不安や悩みは尽きませんが、石垣先生は小児科医として、今の子育て環境をどのようにご覧になっていますか。
石垣 核家族化している今、子育て経験のある人が身近におらず、気軽に相談しにくい環境だと思います。ネットやSNSに頼り、古く不正確な情報に接してしまうと、かえって不安が増す方も多いのではないでしょうか。
内田 私は子どもが2人いて、長男が周りの子どもたちと遊ぶようになった頃に発育状態を比べ、ネットなどで調べて余計に心配になったことがあります。次男の時は「まぁ、それぞれのペースがあるし」と思えたんですけれど……。
石垣 小さなお子さんは自分で異変を伝えにくく、発育途上にあるがゆえに大人には理解しがたい行動をとることもあるので、保護者の方が不安に感じるのももっともだと思います。子どもの病気の発見には、保護者の方の「おかしい」という気づきが何よりも大切ですので、どんなにささいなことでも、「恥ずかしい」「迷惑になるのでは」と思わず、小児科医に相談していただきたいです。
内田 保護者が特に気をつけたい、乳幼児期の病気や症状はありますか。
石垣 私の専門である小児神経領域の中で、神経や筋肉に問題がある神経筋疾患をご紹介します。これらの発症頻度は高くありませんが、進行すると体を動かせなくなったり、命にかかわる臓器や機能に問題が起きたりします。これまで「不治の病」として対症療法しかありませんでしたが、近年の治療法の開発により「希望が持てる時代」になってきました。実際に、以前は数年で全く動けなくなった患者さんが、早期の診断と治療により走れるほどになったという報告も少数ながらあります。
また、ポンペ病※1や脊髄性筋萎縮症※2、若年性皮膚筋炎※3などは非常に珍しい疾患で、治療法もありますが、初期の異変――例えば、乳児期で体が柔らかくて抱っこしにくい、ミルクが飲めない、運動発達が遅いといった症状や、幼児期以降で立ち上がれない、歩けないなどの症状を早期に発見することが重要です。
内田 先天性の疾患でも生まれた直後には分からず、成長過程での発症に気づくものもあるんですね。
石垣 その通りです。さらに、初期症状に注意を要する疾患の1つに、デュシェンヌ型筋ジストロフィーがあり、お子さんの筋ジストロフィーとしては最も発症頻度が高いです。
※1 生まれつき細胞内でのグリコーゲンの分解に必要な酵素が足りないために、主に筋細胞にグリコーゲンが蓄積する先天代謝異常症
※2 脊髄内にある、筋力や運動に不可欠な運動ニューロンの損失により、進行性の筋力低下および筋委縮が起こる遺伝性の運動神経疾患
※3 自己免疫疾患の一つであり、若年で発症する皮膚と筋の慢性炎症性疾患
内田 デュシェンヌ型筋ジストロフィーとは、どのような病気でしょうか。
石垣 性染色体の1つであるX染色体上の遺伝子が変異して、ジストロフィンという筋肉の細胞膜を支えるタンパク質が作られなくなり、筋肉が壊れやすくなる病気です。基本的には男児が発症し、患者さんの割合は10万人に3~5人といわれています。
内田 何歳頃に、どんな症状が表れるのでしょうか。
石垣 3歳を過ぎた頃から転びやすい、歩き方が不安定、立ち上がる際にお尻を先に上げてから腕の力を使って上半身を起こす、といった症状が見られます。集団保育に入り、他のお子さんとの比較や経験豊富な保育士さんによって気づかれることもあります。
また、筋肉の病気ですが、知的障害や自閉スペクトラム症との合併も少なくないため、言葉の遅れなどで診断されるケースや、血液検査やアレルギー検査から気づくケースもあります。就学後徐々に運動機能が低下し、10歳頃には歩行が困難になり、呼吸や嚥下(えんげ)の力も落ちて人工呼吸や経管栄養が必要になることもあります。
内田 実際にどのような治療法がありますか。
石垣 進行を抑制するステロイド療法とリハビリテーションが基本です。現在は、ジストロフィンタンパクの産生を回復することで、症状の軽減が目指せるような治療法が開発されています。まだまだ治療対象は限られていますが、様々な機序の治療法が開発されつつあるため、効果が期待されるところです。
内田 だからこそ、早期の発見、診断、治療が大切になってきているんですね。
石垣 その通りです。保護者の方は何か気になることがあれば、ためらうことなく、小児科医に相談していただきたいです。ネットで情報を得る場合には、厚生労働省の難病研究班や製薬会社のサイトなど、情報元が確かなものを参考にされると良いと思います。
内田 デュシェンヌ型筋ジストロフィーのような疾患は、長い向き合いが必要になってくると思いますが、実際どのような課題がありますか。
石垣 20年ほど前までは平均寿命が短く、小児科医が患者さんの最期まで担当するのが常でしたが、最近では様々な治療や医療的ケアが充実してきたことで平均寿命は10歳以上も延びてきています。進学や就職といった社会生活を送られる方も増えましたし、成人期が長くなっただけに、小児科から成人内科への移行という医療の課題も出てきました。患者さんご本人の意思を尊重しながら小児科と成人内科が協力し、患者さんの自立や就職をサポートする体制が必要だと感じています。
内田 社会的な支援として、難病を抱えるお子さんやご家族のために何が必要だと思われますか。
石垣 学校などの教育現場では、校内の支援員の派遣やバリアフリー化がまだ不十分なために、途中で転校を余儀なくされたり、保護者の方の付き添いが欠かせなかったりするケースが多々あります。デュシェンヌ型筋ジストロフィーのお子さんにとって、車いすが必要になったタイミングで転校や家族への負担を強いられるのは、精神的にも非常につらいことです。医療ケアの必要なお子さんも、本人の意思に沿った学校生活が送られるよう、自治体や教育現場の理解が進んでほしいです。
内田 最後に保護者の方々にメッセージをお願いします。
石垣 発育、発達というお子さん特有の変化が、楽しく喜ばしい時もあれば、不安を感じる時もあると思います。今回ご紹介したのは非常にまれな病気で、過度に心配される必要はありませんが、私たち小児科医は、お子さんのことを一番よく分かっておられる保護者の方の気づきを重要視しています。難病でも、適切なタイミングで治療することにより、改善するものもありますので、積極的に小児科医に相談していただきたいです。小児科もみなさんが相談しやすい雰囲気を作り、様々な不安にきちんと寄り添える味方でありたいと思っています。
デュシェンヌ型筋ジストロフィーとは?
全身の筋力低下により様々な身体機能が障害される進行性の難病である筋ジストロフィー。「デュシェンヌ型筋ジストロフィー」はその一種で、最も発症頻度が高く、主に男児に発症する遺伝性の筋疾患である。デュシェンヌ型筋ジストロフィーはタンパク質の設計図である遺伝子に変異が生じることで、筋肉の細胞内に存在する「ジストロフィン」というタンパク質が作られなくなることで発症する。
ジストロフィンタンパク質は、筋肉の細胞骨格を維持するために重要な役割を担うため、ジストロフィンタンパク質が作られないと、筋肉が壊れやすくなり、徐々に筋力が低下する。その結果、運動機能をはじめとした様々な機能に障害が起こる。
典型的な症例として、3歳を過ぎた頃から、ふくらはぎが太い、体を揺らしながら歩く、つま先で歩く、立ち上がる際に膝を手で押さえながら体を起こしていくなどの症状・所見が見られる。就学後には運動機能が少しずつ低下し、10歳頃に歩行が困難になる。その後も徐々に進行し、筋肉の拘縮(こうしゅく)や変形、呼吸機能障害、心筋障害、嚥下機能障害などの症状を伴う。近年は、進行を抑制する療法や、様々な機能障害に対するサポートや薬剤によって寿命が延び、成人して自立生活を送る患者も増加傾向にある。
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